物心ついた頃から、幸せなことにいろいろな本にめぐり会ってきた。
私自身、見たり聞いたり読んだりしたものに感動する度、とても影響を受けやすい性質だったのもあり、本当に本たちには生きる道を創ってもらった。

特に幼いころに出会った本の数々は、私の真ん中の大事な部分をどーんと支えてくれているように思う。
最近、改めてしみじみ感じたのだけど。

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小学校時代、特に自分で好んで買ってもらっていたのが青い鳥文庫。
松谷みよ子のモモちゃんとアカネちゃんシリーズ。
佐藤さとるのコロボックルシリーズ。
福永令三のクレヨン王国シリーズ。
柏葉幸子の「霧のむこうのふしぎな町」。
メアリー・ノートンの魔法のベッドシリーズ
トーベ=ヤンソンのムーミン谷シリーズ。

挙げればきりがないくらい、当時の青い鳥文庫は私の夢の世界だった。
よく暗いベッドの中でも、小さな豆電球の光で夢中になって読んでいた思い出が懐かしい。
また、文章と共に夢の世界を形づくるのが挿絵。
大人の読む小説にはあまりない、挿絵の世界がまた一層色濃く物語を輝かせるのだった。
だから当時の装丁と挿絵との織り成す佇まいは、もうそれは完璧に私の世界の中に刻まれているもので、現在の装丁をアマゾンなんかで見てもそれは私にとっては意味を成さなかったりする。
それくらい、初めての感動を与えた刷り込みは激しい、と思う。

先日、「霧のむこうのふしぎな町」をお友達にプレゼントしようと思って買い求めた際、当然だけど私の持つ当時のものはなかった。
さんざん迷った結果、装丁には納得できなかったけれど、当時挿絵を担当していた竹川功三郎が描いている、講談社文庫のものを選んだ。
でも、まだ差別用語のゆるい時代に書かれていたこともあり、物語の上で重要な通りのネーミングは変えられ、挿絵も確かに竹川さんが描かれているが描き直しされていて、ちょっとがっかりしたのだ。
まぁいろんな意味で仕方ない。
とにかく私の中の世界が現実を超えて完璧すぎるのだ。
初恋の思い出が真実とはかけ離れた淡く身勝手な記憶に姿を変えることはよくあるように、まったく同じものを手に取ってみてもやはり同じ想いを抱く可能性大だ。

そういえばこの講談社文庫を手に取ってみて知ったのだけど、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」の原案を想起させたのがこの「霧のむこうのふしぎな町」だったとか。
宮崎アニメが大好きで、このアニメも幾度となく見ていたが、そういったことには疎かった。
そう言われてみると数々の断片が散らばっている。
今回読み返してみて、色鮮やかなつつじの垣根の場面はあっと驚かされた。
読みながら、千尋が親のいる豚小屋まで駆けて行った色鮮やかなアニメーションが蘇った。
「千と千尋」からこの本を手に取った読者の人は少し気の毒かもしれない。
彼の手がける原作ものは、とにかく原作とはあらゆる意味で爽快に異なる世界。
これは原案想起であって決して原作ものではないのだけれど。
今回も感心してしまったのは、彼は自分の中に起こった感動の数々を、見事にふくらめ、輝かせ、彼自身の世界に取り込んでしまう天才だなぁと改めて思った。
そして、アマゾンのレビューを読んでみて、柏葉作品である「霧のむこうのふしぎな町」は、私が魅せられたように日本の数多の幼い魂に刻まれる素晴らしい世界だということも。

これもアマゾンのレビューを見て、多くの人が「私と同じように楽しんでいたんだ!」と実感したのが、まついのりこの「とけいのほん?・?」。

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アナログの時計に関心を持ち始めた幼い頃、大好きで大好きで何度も読んだ。
私も妹も夢中になったこの本を、どうしても甥に見せてあげたくて家じゅう探したのだけれどとうとう見つからなかった。
そろそろ時計を読み出す頃になって、仕方なく新たに求めた。
年少さんの甥は喜んで眺めているが、夢中になる頃はもう少し先になりそうだ。